Aroma Nice/Old Haunts (12")
Transparent vinyl with splashes of colour
20世紀半ばにコンセプチュアル・アートが本格的に始動した時、その主人公達の多くは、芸術から装飾的な飾り気を一掃しようと決意し、ますます言葉、いや、言葉の欠如に目を向けました。デュシャン、ダリ、ブルトン、ラインハルト、それぞれが理性的な思考によって検閲される事なく、不条理で崇高なものへと向かって進み、成功と失敗の度合いは様々でした。
この作品に見られるのは、アーティストが多くの事を伝えようとしている事で、聴き手である私達に、このような芸術に何を求めているのか?という多くの問いかけです。 既成概念に囚われない、直感的で対決的な姿勢によって、知的、精神的、性的にどのような形で満たされる方法はどのようなものでしょうか?それは不調和な並列なのでしょうか?観客の私達に、生きとし生けるものとしての私達自身、私達の希望や真実、そして私達の選択や自由意志をしばしば左右する良識ある嗜好に疑問を抱かせる事になるのでしょうか?
この作品は、シュルレアリスム、ダダイズム、耽美主義、それ自体がしばしば奇妙な同床異夢であることの自然な延長線上にあります。精巧で挑発的、飽くなき好奇心を示し、手段を選ばないこの作品は、ポストモダニズム、神秘主義、退廃主義の挑発者としてのアーティストの姿を描き出しています。
これまでの作品よりも、より想像力豊かに潜在意識のとらえどころのない世界に踏み込んでいます。それは又、2000年代後半以降のサウスポートでよく見られた芸術と文化、政治と詩、科学と異国情緒の断片を繋ぎ合わせた作品でもあります。このレコードの中にはあらゆるものが隠されている可能性がありますが、私達リスナーは決してそれは分かりません。なぜなら、レコードを開けた瞬間に芸術は破壊され、価値は失われてしまうからです。
最も重要な感覚は、この作品は、アーティストが私達の集団心理に投げ込んだ、糞入りの手榴弾のように感じられるという事です。これは簡単に言えばジョークで、とても下手なジョークです。